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ケーキ食べたいな~♪ あたしの妹的存在のさかぶ~のblog☆blogもカワイイ♪ なんやろな~ U.S.Aでスポーツトレーナーを目指す「なっかじー」のbolg☆努力家&めっちゃエエ子です◎海外に興味ある人は是非☆ TRACK&FIELDを通じて 同じサークルのたくやのブログ☆自治会活動など頑張ってはります♪ 毎日がハッピーライフ UBCのみゆきのブログ☆こちらも女の子らしくて、カワイイブログです♪ Uppy! Happy! 超癒し系のうっぴーのブログ☆本当にあったかいブログです!! COZY NEW STYLE 昨年のAITワークショップでお世話になったコズエさんのブログ♪あたしの尊敬する先輩の一人です☆ |
> カテゴリ:Tourism
最後に、ちょっと観光やら、出会った人々やら色々を書きますね♪
まずはアンコールワット♪ ![]() アンコールトム、象のテラスなどなども行きましたが、やっぱりアンコールワットが一番♪ 中央の塔は登れるんやけど、階段の傾斜が半端じゃない!!!傾斜75度くらいの、急な階段でめっちゃ怖い。。。ガイドさんいはく「落ちた人もいますよ。」だって。。。 ![]() ![]() 中央塔の景色です。すばらしい!! ![]() アンコールワットで考え事。何故か涼しい風が吹いていました。 アンコールワットは本当にため息が出るくらい感動した!!朝日を見るために、早起きしたけど、見れなかったのが残念。。。夕日と朝日は半端じゃなくきれいだってさ☆ 次はカンボジア、シェムリアップ市内☆ ![]() チャリも、バイクも車も同じところを走る!バイクは無免許Okなので、10歳くらいの子も弟を乗せて走ってたり。。。故に、道路の横断危険。 ![]() ベトナムと比較しましょう!この写真はホーチミン市内↑工業化しています。 出会った人々☆ ガイドのソンさん♪27歳!独身!!三人兄弟、お兄ちゃんもツアーガイド(34歳)、弟は22歳で「お散歩ばっかりしている」らしい・・・(笑) ![]() 写真で見ると、男前やのにな~(笑) 日本語上手♪女の子大好き♡(特に18歳がええらしい) お昼寝大好き、脱力系だけど、いざとなったら助けてくれました。 ソンさんにカンボジアのことを色々教えてもらった☆ カンボジア式の賭け(大したものではない)おいしいビール、マッサージの店。。。あ、ろくなこと教えてないって??そんなこともないよ~ ☆ソンさん名言集(失言集)☆ ・初めて私たちに会って一言、「かわいい~♡」 ・「彼女は年に1回更新します。」 ・「奥さん5人欲しい♡日本人、カンボジア人、インド人、アメリカ人、アフリカ人・・・」 ・染物体験をした後、その染めたハンカチをソンさんに渡したら、いきなり匂いを嗅ぎ 「女の子の匂いがする~♡」 ・珍しく「警察が犯人を捕まえません」を「警察は犯人を掴みません!!!」と間違えた。 ・何故か3日目あたりに、あたしがホテル内を猛ダッシュしてたら、指を指し「一番カワイイ~♡」と言った。 ・村で子どもと遊んでたら「子どもになりた~い♡」と言ってきた。 と数々の名言をお残しになってます。 ソンさん、色んなワガママを聞いてくれて、時には守ってくれて、正直惚れそうになったけど、本気で惚れなかったのは、あなたの失言の多さですよ。ベトナム観光中もソンさんの真似ばっかりしてました。 次はマッチャン ![]() この写真は息子の「ンナ」と☆ 用水路堀作業2日目、マッチャンがイキナリ現れて、あたしらが苦戦していた木の根をみるみる撤去していった。。。ちなみにマッチャンは本名ではなく、あたしらが適当につけました。。 ![]() このように作業を助け。。。 ![]() チャリで颯爽と帰って行く!! しかし、マッチャンはいつも作業の終わる30分前に来る。基本的にサボりです。。 次はチェトラ♪ ![]() チェトラとはお互い英語でよく話した。途中あたしに飽きたのか、他の女の子にちょっかいかけてたね(笑)この人はカンボジアでは珍しく、大卒だった。今は村のスタッフのボランティアで働いている。 チェトラの一言が忘れられない 「I used to study marketing,but I am runnning and working at the farm! Nobody believe that.but I love my work.」 (日本語訳:俺はかつてマーケティングを勉強していたが、今はこの通り農場を走り回り、そこで働いている。誰もがそのことを信じちゃいない、けれども、俺はこの仕事が好きなんだ) 最後にドライバーの「巨人さん」!写真じゃ分からないけど、タイのときのドライバーさん同様「オール阪神巨人」の巨人さんに似てたから、命名☆ ![]() ソンさんと巨人さんとトランプで賭けごとしたのが忘れられない!タバコ大好き、トランプ大好き、この人の笑顔、あたし大好き♡ 多くの人に出会った。 一緒に旅した他の7人のメンバー 出身地も、学校も違った。でも本当にこの仲間無しでは考えられない。 NGOの日本人スタッフ「ユキさん」同い歳なのに、考え方があたしの何倍も年上だった。アメリカに単身渡り、今は自腹で休学し、カンボジアで活動をしている。その潔さ、視野の広さ、責任感には驚かされた。 支援センターにいた「コムソー」と「ユウ」 コムソーは人身売買の被害に3回も遭って、人間不信になっていた。 ユウはセンターに捨てられた孤児だった。 二人の笑顔が見たかったなぁ 多くの人に出会えて、色んな話をして、たくさん笑って、たくさん考えた毎日だった。 また戻るから、皆に会いたいよ☆ さっき、政治のことを書けなかったので、真面目に書きますよ~
カンボジアと聞けば、「地雷」と考える人もいますね。 地雷は都市部は多く撤去され、安全ですが、農村地帯やタイとの国境付近には未だ「Danger Mines!!」(地雷危険)の危険標識があります。 カンボジアの内戦中(内戦のことは書くと長いから省略)に埋められたと考えられているこの兵器。ポル・ポト(本名サルトサル)の命令により埋められ、現在もカンボジアには多くの地雷により1日あたり3人がこの地雷により負傷している。 「悪魔の兵器」と恐れられ、ポルポトは「完全なる兵士」としてその効果を賞賛しました。 地雷にも種類がいろいろあって、対人地雷は人を殺すために作ってはいません。人を傷つけるために作られたとされています。 何故かというと、人を一人殺すよりも、一人の足や手を飛ばしてしまえば、その救護に4人は必要とされます。1人の戦力が減るより、5人の戦力を減らした方が有効ですね。 対戦車地雷は、戦車ごと壊れるので人は死んでしまいます。 現在、地雷の撤去は難航しています。 賄賂を払わないと撤去できないという現状です。理由はカンボジアから地雷がなくなると、カンボジアは可哀想な国ではなくなってしまいます。可哀想な国でなくなるということは、海外からの援助額が減ってしまうということです。 内戦の死者は地雷などの被害以外にも、虐殺強制労働も考えられます。推定300万人が亡くなったとされます。ポルポトは「完全なる平等の実現」を掲げ、都市部からの農村への強制移住による、強制労働、栄養失調による死者、また医者、先生、英語の話せる人などの知識人を殺していきました。その場合、子どもに親を殺させたのです。 考えられないことが、つい最近までなされていたんです。 タイやベトナムと違って、戦争の面影を残し、まだまだ発展途上のカンボジア しかし、ボロボロの服を着ていても子どもの顔はキラキラしています。 いつも家族は一緒にいます。 水道も電気もないところもあるけれど、皆ニコニコ この国の5年後、10年後は全然違うんやな~って思います。 ![]() 地雷源の再現。現在も農村部分には地雷が残される。 ![]() 地雷(処理されています)これは対人地雷。このタイプの地雷は5Kg以上の重圧がかかると爆発します。 ![]() 戦車。これは確かソ連製。終戦後道の傍らにたくさん、戦車が放置してあったらしい。 ![]() キリングフィールド。ポルポトの虐殺による死者の衣服、骨が今でも残される。
昨日、カンボジア・ベトナムから帰国しました~☆約1週間の旅でしたが、毎日濃い日々でした!
何回かに分けて、カンボジアとベトナムのことについて書きたいと思います。 とりあえず、今回は真面目編ということで、あたしがカンボジアに行った理由、カンボジア事情をお話します。 あたしがカンボジアとベトナムに行った理由は、去年の夏にタイに行ってから東南アジアに興味が沸いてきて、来年のゼミも東南アジアをフィールドにしたいと思ってたからです。そして、日本がPKOで自衛隊を派遣した国を見つめてみたかった。でも、ただの観光だけでは終わりたくなくて、若いからこそできることをやりたかった。 まぁ、とにかく行きたかったんですよ。 あたしが今回訪れたのはカンボジアと聞けば結構有名な世界遺産「アンコールワット」で有名なSiem Reap というところです。観光地なので多くの観光客でにぎわっています。しかし、ここは15年前までは内戦が起こっていた国なんです。 街は活気を取り戻しつつありますが、カンボジア自体が多くの課題を抱えています。 カンボジア滞在中に書いたけど、この国自体が援助なしでは15年も経った今ですら、立ち上がれないのです。 あたしは今回、あるNGOの活動のサポートでカンボジアに行きました。観光や買い物もしてきましたが、これがメインです。現在にほんを含め多くの先進国がカンボジアに援助をしています。しかし、中にはカンボジアでは役割を果たしていないものも多くあります。 「国際援助」 この単語だけ聞けば、良い事をしているように聞こえます。 しかし、先進国の金持ちのエゴの犠牲にカンボジアがなっていることも事実です。 「私はカンボジアという後発発展途上国で良い事をしている」 という気分に浸るためのフィールドになってしまっています。 この国に必要なことは「自立」ということだと、NGOの職員さんからお聞きしました。 あたしが参加したNGOは地雷障害者の農業技術指導、孤児や地雷障害者の職業訓練を中心にこのNGOを去った後のことを考え、人々は厳しい毎日を生きています。 実際に、彼らの水供給のために、村の人々と用水路を掘っていました。 活動中も、あたしらは子どもにお菓子や水を与えることをしてはいけない。 「物を与えることは、自立を一歩遅らせることになる。」 「与えるだけの援助ならここにはいらない」 何度もカンボジア、それ以外の国の物乞いの話をしました。 もし、物乞いの子どもに「$1ください」と言われたら。 お金をあげますか?あげないですか? これには様々な見解があります。 ちなみにあたしは後者。あげません。$1渡すことは、先ほど述べたように自立を遅らせるし、人はお金をくれるという勝手な先入観を持たせたくない。お金はたった$1だとしても、いつまでももらえるものではない。 しかし、見方を考えれば、物乞いの子どもが親に「物乞いをしてこい」と言われ、仕方なくやっている。でないと、親に暴力をふるわれる。と考えれるわけです。その子にとっての$1は親からの扱いを左右されるものだとしたら。 どうしますか? しかし、あたしは物乞いにお金を与えてはいけないと思います。でないと、いつまでも頼ってしまう。実際、物乞いをするのは人が、ボロボロの服を着ていれば「お金をください」と言えば、お金をくれるという考えになってしまっているからだと思う。 初めて口にした英語が「$1, Please.」、 初めて口にした日本語が「1ドル」 外国人に対してお金を乞う言葉 トンレサップ湖というカンボジア最大の湖に行ったとき、船を使って物乞いをされました。 あたしらが乗っているのは、エンジンつきの船に必死に追いつこうとする彼ら。 その光景が未だに忘れられません。 ![]() 村の入り口。気温は40度手前まで上がる。道は舗装されてないから、良いとは言えない。 ![]() 村の畑。今回のNGOから自立までのプロセスはまず、最初に支援センターへ行き、農業の仕方を覚える(最低限の生活費支給)、その後自立村へ 子ども(孤児や地雷障害者の子ども)は村の小学校へ通うか、レストランで職業訓練をする。 ![]() レストランの子ども!皆人なつっこい!!元気いっぱい☆日本語も出来ますよ~ここでは接客業を覚えます。日本の接客は他のレストランでも一際目立つので、その後も自立できる。 ![]() 村の子ども!皆仲良し☆年上の子は面倒見が良いな~って思った☆ ![]() 湖の上の水上生活者。基本的に漁業に従事しているが、所得は低い。華僑、ベトナム人など難民が多く住んでいて、今は2~3世代目にあたる。 < 前のページ次のページ >
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